日曜研究室 〜技術的な日常〜

技術的な観点から日常を綴ります

   5 月 24

任天堂の将来

風邪で寝込んでおりました。今はやりのインフルエンザではないです。 書きたい気持ちがちょっと出てきたので更新です。 本を読んで分かった任天堂の「今そこにある危機」 – ハックルベリーに会いに行く ふーん。という。内容とは関係ないですけど、 「釣り記事の魔力に取り憑かれると色々大変ですね〜」 というのが率直な最初の感想。 次に、「任天堂の子供」の世代の定義が「1960年代後半から1970年代前半」と、狭すぎかつ古すぎな印象を受けました。 だって1980年代生まれな僕もリアルタイムだったのかは不明ですが、幼稚園の時にはゲームウォッチやってたし、 ファミコンもやったし、ディスクシステムもやったし、スーファミもやったし、サテラビューもやったし、バーチャルボーイもやったし、 64もやったし、GCもやったし、Wiiもやってるし。(64DDはやってないなー) もちろん携帯プラットフォームも全部やりましたよ。まぁ、VB以前は自分のではなく友達のだったんですがね。今考えると自分が所持してるゲーム機と同じくらい友達の家のも入り浸ってやってましたよ。 当然周りの同世代連中もだいたい同じ感じでしたね。64、GC時代にPS、PS2に乗り換えるやつも結構居ましたけどw 個人的に「任天堂の子供」を名乗るのに必要な条件は「任天堂が好き」という事だけだと思うのですが、 リンク先のような「今の任天堂から未来を予測する事」を「任天堂の子供」の視点で語るには、 「1960年代後半から1970年代前半」は年取りすぎだと思うんですよね。一般的に。 (ゲーム機との出会い・接し方は人それぞれですから断言はできませんけどね。) なぜかというと、僕は任天堂は企業体質の変化から大きく3期に分類できると思ってて、ファミコン以前が第1期、ファミコン~スーファミ時代が第2期、64、GC、Wii時代が第3期になると思うんですが、この分類からすると今の任天堂は第3期であって、 (本当は64前半を第2期、後半を第3期に入れたい所です。) 64の発売は96年ですから、そのとき60年代後半〜70年代前半の人はほぼ社会人になっちゃってる訳ですよ。 社会人も色んな人がいますから断言はできませんけど、少なくとも「今の任天堂から未来を予測する」ための視点としての「任天堂の子供」の定義が「1960年代後半から1970年代前半」というのは納得いかないなという気分です。 過去の任天堂から未来を予測するなら分かりますけど。 「任天堂の子供」なんて事を理由の一つにしないで、普通に主張すればいいものを。って思います。 (まぁ、それじゃ釣れないからでしょうけど) で、今の任天堂の強さの原因は、別に脳トレとかWiiFitとかじゃないと思うんですよ。 確かにそれらは売り上げを上げたし、ゲーム機の普及に貢献したと思うんですが、逆に言うとそれだけで。 そんなのは原因ではなく結果でしかないと思うんですよ。 じゃあ任天堂の強さの原因は何か。 それは、64、GC時代に市場を独占しなくても、ちゃんとした物をちゃんと売りさえすれば会社が傾くことはないと身を持って知ったことだと思うんですよね。 (もちろん株主がいる手前、自ら成長を放棄したと受け取られかねない事は公言しなかったとは思います。) ちゃんとした物をちゃんと売って確実に利益を得るからこそ、全体として赤にならない限りは余裕を持って賭けに出れる訳です。 で、WiiFitや脳トレなんかはそういう余裕から生まれてたまたま当たった商品に過ぎない訳ですよ。 (たまたまと言ったら失礼ですねw もちろん当てるために中の人は相当努力してるでしょうけど、最終的に当たるかどうかは市場に出してみないと分からないですからね。) だから、WiiFitや脳トレが無かったとしても商業的な「大成功」がせいぜい「成功」になる程度で、任天堂に危機が訪れる、とは思えないです。まぁ株主には危機が訪れるかもしれませんが。 (ホント64、GCの頃の株価はひどかったw 十代の頃は任天堂の株価を新聞でチェックするのが日課というクソガキでしたw あのとき株買っとけば・・・) ただやっぱり僕も成功した企業の「慢心」が一番怖いなとは思います。 特にゲーム業界はゲーム機の世代でシェアがガラッと変わってしまう可能性が高いですから。 どんなに成功していても、いとも簡単にスーファミ後の64や、PS2後のPS3みたいになってしまう。 そしてそうならない為のライバルが必要だということも分かりますけど、 別にそのライバルはゲーム業界にだけ求めなくてもよいのではと言う気がしてます。 今の任天堂がゲームから娯楽全体にターゲットを広げたので、ライバルも娯楽業界全体に求めるべきかと。 例えばディズニーランドとか。据え置きゲームやってりゃディズニーランドに行けない訳ですし、ディズニーランドで金使ったらゲーム買えない訳ですから。 で最後の結論で「ノウハウ」をもっとオープンにすべきというのは、僕も常々いろいろな企業に対して思ってるんですが、 こと任天堂に関しては、ノウハウをオープンにしても仕方ないのではないかという気がしてます。 「枯れた技術の水平思考」という言葉が表してるように、任天堂に対しては技術的にとんがってる部分が感じられないんですよね。 それを真似さえすれば近いとこまで行けるというような。 しがないいちプログラマーとして外から見て思ったってだけですけど。 技術じゃなくて会社を運用する方法になにか重大なノウハウが隠されてるんですかね? どちらかというと任天堂の「ノウハウ」って時間をかけて徹底的にユーザーの視点に立って質や面白さを追求していくってことだと思うんですよね。 それって誰でも簡単に真似できることではないけど、誰でも思いつく当たり前の事で、今更そんなこと言われても、「やっぱそうですよねー」くらいにしか思えませんもん。 真似できるのは時間をかける余裕のある会社だけで、真似して余裕を作ろうなんてのは逆だから端から無理なんですよね。まず余裕を作らないと。で、余裕を作るためには継続的に利益ので出るまっとうな商売をするしかないと。 [...]

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